
2月の中旬から、出産のため、館林の実家に帰省しています。
実家でゆっくりするのは久しぶりです。
友人が遊びに来てくれたので、子供の頃の遊び場だった茂林寺に行きました。

茂林寺は「分福茶釜」の昔話で有名なお寺です。
茶釜に化けたタヌキが和尚さんに正体を見破られ、和尚さんへの恩返しに村人達に綱渡りを見せる、というお話は、よく知られていますよね。
このタヌキ、実は嬬恋村で悪さをしたタヌキが館林に逃げて分福茶釜になったという伝説もあるのです。
意外なところに嬬恋村と館林の接点があったのですね。
茂林寺に伝わっている寺伝では、
応永三十三年に、仏に仕える正通という人が全国行脚をしていた時に、群馬県の伊香保に立ち寄りました。
その時に守鶴という、じいさんの僧に出会います。
意気投合した二人は館林にやってきて茂林寺を建てます。
守鶴は、初代から十代まで代々の住職に仕えました。その間161年!
最初からじいさんだったはずなのに・・・。
ある時、千人法会という大規模なお茶会がありました。
千人もの来客にお茶を出したいけれど、そんな大きな湯釜はありません。
が、どこからか守鶴が持ってきた茶釜は、お湯がくめどもつきぬ不思議な茶釜で、お茶会は大盛況の内に終わりました。
すっかり株を上げた守鶴でしたが、その後、不幸な出来事が。
ある日、寺の小僧は見てしまったのです。
昼寝をしていた守鶴に、毛の生えた手足としっぽが生えていたのを。
守鶴はタヌキだったのでした。
「もうここにはいられない・・・」
と悟った守鶴はタヌキの姿となり、寺から消えました。

と、言うのが寺の言い伝えです。
守鶴が住んでいた伊香保は嬬恋から車で1時間ほどですから、嬬恋村を追われたタヌキが伊香保に潜伏していて、館林に行き着いた、というルートもありそうな話です。
今でも、茂林寺には、昔タヌキだったという巨大な茶釜があります。
私が子供の頃は、本物のタヌキも境内で飼っていましたね。
どういうつながりかはわかりませんが、M24軽戦車というアメリカ製の戦車まで境内においてあり、子供達の格好の遊び場所になっていました。
今は残念ながら撤去されています。
この戦車、中に入ったはいいけれど、狭くてときどき出られなくなるんですよね。
きっと、何十人もの子供がそういう事をするので撤去されてしまったのではないかと想像するのですが。
そうそう、なぜか
「ダークダックス音楽館」
という施設も近くにできていました。
こういう混沌としたところが、館林の特長かもしれません。

この日は、ひな祭りも近いということで、タヌキ達はおひな様の着物を着ていました。
季節によって茂林寺のタヌキ達はいろいろなコスプレをするそうです。昔は無かったコスプレに、お寺といえども、企業努力は必要かと感じます。
今はまだつぼみですが、4月になると、桜がきれいですよ。
特に大きなしだれ桜は見事です。
春になったらお出かけしてみてはいかがでしょうか。
☆茂林寺へのアクセス
http://www7.plala.or.jp/morin/access.html