
庭を改造中の6月は、ちょうど、嬬恋村のシャクナゲ園のシーズンが終わった頃でした。
私は何度か、観光協会の人達と一緒に、シャクナゲ園の整備に行きました。
シャクナゲ園は、広大な山の斜面が、15万本のシャクナゲで埋め尽くされている所です。
何しろ、面積が広大な上、花殻つみ、肥料まき、草刈り、増えすぎてしまったシャクナゲの間引き等々仕事はたくさんあります。
それらを、たくさんのボランティアの人達で行っています。
今回は、お手伝いの最終日に、間引きしたシャクナゲをいただける事になりました!
庭づくりはとうとうこんな大きなシャクナゲまで呼び寄せたのでした。

前日に、ヤマボウシの植え替えに四苦八苦した経験から、シャクナゲもさぞや大変な事と思いましたが、心優しい観光協会の人達が、あっという間に大きなシャクナゲを2本も掘りあげてくれたのでした。
広い場所に植わっていると、それほど大きくは見えなくても、車に乗せるとなると、その大きさが分かります。
うちの8人乗りの車の後ろに1株、ご近所さんの車にもう一株をのせてもらって、帰りました。

庭の奥に一つを植え、

手前にもう一つを植えました。
シャクナゲがあると、途端に庭が庭らしくなりますね。
シャクナゲは、いつか庭に植えたいと思っていたのですが、シャクナゲ園のシャクナゲがやってきた事は、とても嬉しい事でした。
微力ながら、自分がお手伝いをしたシャクナゲ園のシャクナゲということもありますが、15万本というシャクナゲを寄付した坂井さんという方の生き方が、素晴らしいと思っていたからです。
数年前、ダンナさんが、シャクナゲ園のホームページを作るために、シャクナゲを育てているアララギ園の坂井さんにお話しをうかがった事がありました。
アララギ園とは、シャクナゲをはじめ、様々な木や野草を育てている造園会社です。
父親の経営していたアララギ園を、坂井さんが引き継いだのは、昭和48年のことでした。
山に咲いたシャクナゲに魅せられた坂井さんは、今まで誰もやったことがなかった、種から育てるシャクナゲの栽培をはじめます。
けれど、種からシャクナゲを育てることは、困難の連続でした。
シャクナゲは小さいときには、日影を好む植物です。
種からできた、30万本のシャクナゲの苗を育てるには、日影が必要でした。
まずは、2メートルほどの柱で畑を囲って、上にシートをかぶせてみました。けれど、風が強くてシートはすぐにはがれてしまいます。
今度はビニールハウスにして被いをしました。しかし、浅間山の強風は、ビニールハウスをも吹き飛ばしてしまうのです。
次に、飛ばないように工夫したシートをかぶせたものの、黒いシートを使った為、夏には、高温になりすぎて苗が枯れてしまいます。
冬は冬で、寒さの厳しい浅間山山麓では、連日のように霜柱が立ちます。霜柱は土を持ち上げてしまうので、土と一緒に苗が持ち上がり、強風に吹かれてころがっていってしまうのです。
藁をかけても効果はなく、春になると、そこら中にころがっている苗をひろって、また植えるという地道な作業を続けるしかありませんでした。
何しろ、他にシャクナゲを育てている人がいないので、何もかも自分で試していくしかありません。当時を思いだして坂井さんは言います。
「お金はかかるし、シャクナゲは病気になるし、病気の原因もわからない。もう、シャクナゲじゃダメなんかなぁって、何度も思った」
そんなある日の事、坂井さんの悩みを、ある植物が解決してくれたのです。
畑を見に行った坂井さんは、五葉松の木陰に植えられ、ビニールの覆いが届かなかった苗に目を留めました。
見比べてみると、木陰の苗はビニールに覆われている苗よりも、成長が良かったのです。
今まで、どうやって日陰を作ろうかと考えていた坂井さんでしたが、山の中に育ったシャクナゲは、人が覆いなんてかけなくても、勝手に育ったのです。
ビニールに守られるよりも、自然の状態に置かれた方がシャクナゲも育つはず。そう思った坂井さんは、たまたま坂井さんの土地に生えていた五葉松を、シャクナゲの苗の間に、植替えてゆきました。
すると、葉の多い五葉松は、どんな風にもびくともしない木陰を作ったのです。
夏の間、日陰で育てたシャクナゲの苗は、冬の直射日光にも弱いのですが、常緑樹の五葉松は、冬でも日陰を作ってくれます。その上、冬の霜柱も防いでくれたのでした。
さらに幸運なことに、松の葉には、落ち葉が腐るときに土壌を酸性にするという働きがあります。シャクナゲは酸性の土を好むのです。
「カラ松でも土を酸性にするんだが、カラ松は、少ししか酸性にしてくれないんだ。けど、五葉松はすごく酸性にしてくれる。まぁ、これは後から学者さんから聞いてわかった事なんだけど」
坂井さんは照れくさそうに言いました。

けれども、そのシャクナゲがお金になるまでには、10年という月日が必要でした。
今、アララギ園では、人の背丈ほどもあるシャクナゲの群生がたくさんの花をつけています。このシャクナゲ一つ、末端価格で30万円だそうです。それが、見渡す限りの花薗になっています。
このお話を聞くまで、坂井さんは、人の先をぬかりなく読んで、成功をつかんできた人だと思っていました。
けれど、坂井さんには、今で言う勝ち組とは違う、成功哲学がありました。
坂井さんは言いました。
「自分はね、あんまり能力がないんです。普通の人と競争すると大体まけちゃう。学生の頃は大体びりっけつだったし。そうなると、競争の激しいところにはいたくないんだ。負けちゃうから」
短期間で儲けが出そうな所は、競争が激しくなります。
けれど、シャクナゲは10年もしないとお金になりません。
能力のある人は3年で勝負して利益を出しますが、シャクナゲは、そういう人が手を出さない分野なのだと言います。
「どんなに遅くったって、失敗したって、ぼつぼつやってけば、競争相手がいなきゃ、ものが育った時には売れる。至極単純な考え方だよ」
坂井さんは、当たり前、という顔で言います。
「どこか狭い道を通り抜けていくと、その先に金が取れる場所が出てくる。狭くて長い道を、どうやって通り抜けるかだよね。競争に勝てる自信がない人は、どこかにそういう道をみつけていかなくちゃなんない」
商売も軌道に載った数年前、坂井さんの所に、村の観光商工課の人がやってきました。
「アララギ園の上に村の持っている土地があるので、そこをシャクナゲを植えて、観光客の人達に見てもらえないだろうか?」
という相談でした。
もともと、山からもらったシャクナゲの種が、アララギ園のシャクナゲになったのです。
それならば、シャクナゲは寄付しましょうということで、坂井さんはこころよく決断しました。
末端価格で10〜30万円以上もするシャクナゲの木を、惜しげもなく、何万本も寄付してしまったのです。
この話を聞いたとき、私はシャクナゲと共に生きてきた坂井さんの生き方に心を動かされました。
そんないきさつのあったシャクナゲですから、うちにとっての、宝物です。
大切に育てたいと思います。