2010年10月19日

昭和の遺物

缶切り1.JPG

10月の3連休後、北アルプスに縦走に行ってきました。
素晴らしい天気と紅葉に恵まれましたが、初日は、長距離歩行と、苦手な登りの連続で、うつろ目になっていた私でした。

そんな時、前を歩いていたダンナさんが一言。

「あ、めずらしいものが落ちてる」

缶切り1.5.JPG


これがそのめずらしいものです。
私はただの鉄くずが落ちているのだと思っていました。

「これ、知らない? ジュースの缶切りだよ」

えっ、ジュース用の缶切り??
私ははじめて見ました。

「昔の缶ジュースはジュース用の缶切りがついていて、空気穴と飲み口の2か所、穴をあけてから飲んだんだよ」

ダンナさんが言うには、私の子供の頃にもあったはず、と言うのですが、記憶を探ってみても、こんな缶切りで穴をあけた覚えはないのでした。

たしか、自動販売機ははじめ、缶ではなくて、瓶入りジュースだったのは覚えていますが、缶ジュースが出てきた時には、すでにプルリングがついていたと思うのですが。


缶切り2.jpg


10円玉と比べてもこんなに小さい。
これが、缶ジュースの飲み口の上に置いてあり、その上からキャップがかぶさっていたので、当時は缶ジュースに直接口をつけるのは不衛生と考えられていたそうです。


缶切り3.JPG


缶ジュースにあててみました。
おっ、ちゃんとサイズも合っています。

インターネットで調べてみると、1954(昭和29)に、日本で初めて缶入り「天然オレンジジュース」が発売されたそうです。
その画像を見ると、確かに缶切りがついています。

その後、アメリカで、缶切り不要のプルリング方式が発明され、日本にその技術が導入されたのが、1965年。そして、1983年には飲料用缶容器のすべてがプルリングで開ける形式になったそうです。

と、いうことは、北アルプスで採取したこの缶切りは、45年前〜27年前に作られたものということですね。
もしかしたら、私が生まれる前にどこかの山屋さんのザックから転がり落ちて、風雪に耐えて北アルプスをさまよっていたのかもしれません。

なんだか、昭和の遺物に出会ったようで、一瞬疲れを忘れました。

「そんなもの、持って帰るの?」

と、ダンナさんにはあきれられましたが、しっかり持ち帰って、矢じり&土器のマイコレクションの片隅に安住していただきました。

缶切り4.jpg


昭和の香りと言えば、宿泊した槍ヶ岳山荘に売っていたマッチがレトロで、思わず購入してしまいました。

缶切り5.JPG


オレンジ色の夕日に染まる槍ヶ岳でしょうか。
雲が直線が描かれているあたり、斬新なデザインです。


缶切り6.JPG


裏には、雷鳥ヒュッテ(白馬にある山小屋)の文字が。
このマッチ一つ10円でした。
缶ジュースが1本300円の山小屋にしてはリーズナブルですよね。
山小屋に売っているものは、ヘリコプターで運ぶため、重い物は高く、軽い物は安いのだそうです。

マッチは昭和でしたが、山小屋は平成で、インターネットや、携帯の充電器もあったのでした。
けれど、山小屋から見る風景は、大昔から変わっていないのだろうなと思うと、この風景こそ、地球の遺物なんだろうな、という気がするのでした。



posted by 智子 at 23:37| Comment(13) | TrackBack(0) | 登山ハイキング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
う〜ん。
そういう缶ジュース、おぼろげに覚えてる気が…。
というか、缶に二つ穴を空けて、というやり方を見たことあるというか…。

マッチ、大正〜昭和ヒトケタ代のモダァ〜ンなイメージのデザインなんでしょうね!街では店の名いれマッチを置く店が絶滅に瀕してると雑誌で読んだことあるんだけど、いいですね。子供たちなんてアルコールランプを点火する時にマッチを擦るくらいかしら?下手したら、アルコールランプの点火実習もしないのかしら?
マッチも遺物になりかねん世の中ですね。
Posted by みわぼー at 2010年10月20日 07:04
ありましたよ。缶切付きの缶ジュース・・・なつかしいです。
そうか、若い人の知らない昭和の遺物捜ししてみますか。
Posted by エバ at 2010年10月20日 08:45
おお、懐かしい!缶切付きの缶ジュース、山は時間から自由になっているので、捨てられているゴミでも、鉱物のように珍しいものになっていく。
錆びた、昔のデザインのコカコーラなんて立派にアートなオブジェになっています。
マッチ箱も、いい味出してますね。
これだから物は大事にしたくなる。
今の小さな子は、マッチなんて恐くて危険で擦れないんでしょうね。
Posted by 進之助 at 2010年10月20日 09:41
こんな小さなものをよく見つけましたね!

でも、私は記憶にないですね。。
こんな小さな缶きりが付いてたら、多分コレクションしていたかも。
コンビーフの缶を開けるあの鍵みたいなのも
好きでしたから。

登りはやっぱりしんどかったんですね。
うつろ目になっていた智子さん、お疲れ様。
私もマネージャーさんの話を聞いたら、きっと
そこで疲れも吹き飛んだかなと思いました。
Posted by ささらー at 2010年10月20日 10:46
みわぼーさん、缶切りジュース、記憶にありますか。ご実家のお店で取り扱っていたとか。
お店にマッチを置く店、絶滅に瀕してるとはちょっとさびしいですね。タバコは苦手ですが、マッチ箱のデザインって好きなのです。

エバさん、缶切りつき缶ジュースの体験者なのですね。飲みやすい穴をあけるのは結構難しそうに思えるのですが。

進之助さん、時間がゴミを宝物にすることってありますよね。
今から数十年たったら、山で見つけたペットボトルを
「これはめずらしい!」
と、持ち帰る人がいたりして。

ささらーさん、私も、子供の頃にこんな缶切りと出会っていたら、絶対とっておいたはずと思います。コンビーフの鍵も、魅力的でしたねぇ。
ジュースの缶切りは絶滅してしまいましたが、コンビーフの鍵は生き残ってほしいものの一つです。
Posted by 智子 at 2010年10月20日 11:57
そう言えば、ペットボトル主流の昨今ですが、
かつてはポリタンという水筒でした。
山でご飯を作るのは飯合でしたし、生卵は割れないようにお米の中に入れて持って行きました。
おかずは鮭缶で、炊き込みご飯にしたものでした。
折り畳み式のまな板とナイフは今でもあるのでしょうか?
Posted by エバ at 2010年10月20日 12:27
エバさん、こんばんは。
ポリタンと言うと、石油を入れるプラスチックの入れ物を想像してしまいますが、水筒があったのですね。
お米の中に生卵ですか! 工夫してますね。
まな板も折りたたみ式だったのですか。見てみたいです。
Posted by 智子 at 2010年10月20日 21:10
米屋で売ってるプラッシーは缶の穴あけで飲んでました。
小学校の運動会などで活躍してたような記憶があります。
はっきりと覚えていませんが、10年ほど前ですかね・・・。
Posted by Myつえ at 2010年10月20日 22:40
ジュース用の缶切り・・・。
聞いたことはありますが、使ったことはないですね。

>自動販売機ははじめ、缶ではなくて、瓶入りジュースだったのは覚えていますが、
>缶ジュースが出てきた時には、すでにプルリングがついていたと思うのですが。
同じ記憶ですね。
Posted by マサ at 2010年10月21日 01:13
きゃ〜、懐かしい!!
缶の穴あけ、使いましたよ〜さんざん
よく見つけましたね〜

マッチもすてきです
このマッチの絵はきり絵ですかね

初めの、槍の写真が幻想的でこれまたすばらしいです。ありがとう。

自分自身が「昭和の遺物」といわれているので
このタイトルに抵抗感あって、みることをためらっていたのですが、拝見してよかった〜〜
Posted by ありばば at 2010年10月21日 09:37
Myつえさんも缶切り経験者なのですね。
10年ほど前ってことは・・・計算できませ〜ん。

マサさんも聞いたことはあるのですね。
私は存在自体を知りませんでした。うちの実家は田舎だから、缶ジュースの登場自体が遅かったのかもです。

ありばばさん、缶切りはなつかしグッヅなのですね。
マッチのデザイン、素敵ですよね。使うあてもないのに、パッケージ買いしてしまいました。

Posted by 智子 at 2010年10月21日 23:19
自分は45年生まれですが(昭和ね)、覚えていますよ。
コンデンスミルクをコイツで開けたと思います。

子供のころの工作道具入れに貴重な得物として入っていたなぁ。
Posted by 工作員 at 2010年10月22日 04:22
工作員さん、おはようございます。
昭和45〜49年生まれを境にして、缶切り世代と知らなかった世代が分かれるみたいですね。

子供の頃からマイ工作道具入れをお持ちだったのですか。
子供の頃から工作員魂は育っていたのですね。
Posted by 智子 at 2010年10月22日 09:00
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